ヲバタのお節介で "Socca!"
2019-03-27T14:11:09+09:00
wobatake
超映像で世界を倖に!
Excite Blog
臨床経営
http://wobatake.exblog.jp/27504168/
2019-03-26T22:48:00+09:00
2019-03-26T22:48:39+09:00
2019-03-26T22:48:39+09:00
wobatake
理念系
今日(2019年3月26日)ラジオで「尾木ママ」こと尾木直樹さんの、臨床教育研究所「虹」のお話しがされていました。
そこで、「臨床経営」という文字列を検索してみました。
「臨床経営」4文字の文字列はヒットしませんでした。
だからといって、誰も使っていないとは言えませんが、あまり馴染みはないようなので、これからは、お節介ヲバタが使わせて頂きたいと思います。
何の専門的な学も、経験もありませんが、「臨床経営」もしくは「臨床的経営」とは何かを研究するための「臨床経営研究所」なるものも名乗ってみたいと思います。
最近大切になってきた「健康経営」や、尾木ママの「研究所」のパクりですが、あまりなさそうなので。。。。
それと、ヒットした「臨床経営学」というのも、「我が意を得たり」なのか「独自性が更に鮮明になるのか」早速本を取り寄せて読ませて頂きたいと思います。
ということで、2019年3月26日からお節介ヲバタは「臨床経営」なる言葉を用いることを宣言しておきます。(特に商標を取ろうとかなんて考え皆無です・笑)
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臨床経営
http://wobatake.exblog.jp/27504167/
2019-03-26T22:48:00+09:00
2019-03-27T14:11:09+09:00
2019-03-26T22:48:35+09:00
wobatake
理念系
今日(2019年3月26日)ラジオの番組内で「尾木ママ」こと尾木直樹さんの臨床教育研究所「虹」のお話しがされていました。
そこで、思いつきで「臨床経営」という文字列を検索してみました。
「臨床経営」4文字の文字列はヒットしませんでした。
だからといって、誰も使っていないとは考えていませんが、あまり馴染みはないようなので、これからは、お節介ヲバタが大々的に使わせて頂きたいと思います。
何の専門的な学も、経験もありませんが、「臨床経営」もしくは「臨床的経営」とは何かを研究するための「臨床経営研究所」なるものも名乗っていきたいと思います。
最近大切になってきた「健康経営」や、尾木ママの「研究所」のパクりですが、あまりなさそうなので。。。。
それと、ヒットした「臨床経営学」という文献も、「我が意を得たり」なのか「独自性が更に鮮明になるのか」早速本を取り寄せて読ませて頂きたいと思います。
「臨床経営」とは「社長さんの心配事を解消」することが目指すところでしょうか。
更なる「臨床経営」の内容、思想・概念につきましては、「 We are all peers ! We are all tojisha 」の精神で、正に「研究中」なので、進めて参りたいと思います。(注・病院・診療所・クリニック様自体の経営手法のお話ではなく、お経を営むレベルの企業経営を意味します。)
ということで、2019年3月26日からお節介ヲバタは「臨床経営」なる言葉を用いることを宣言しておきます。(特に商標を取ろうとかなんて考え皆無です・笑。ご安心を、)
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臨床経営
http://wobatake.exblog.jp/27504169/
2019-03-26T22:48:00+09:00
2019-03-26T22:48:42+09:00
2019-03-26T22:48:42+09:00
wobatake
理念系
今日(2019年3月26日)ラジオで「尾木ママ」こと尾木直樹さんの、臨床教育研究所「虹」のお話しがされていました。
そこで、「臨床経営」という文字列を検索してみました。
「臨床経営」4文字の文字列はヒットしませんでした。
だからといって、誰も使っていないとは言えませんが、あまり馴染みはないようなので、これからは、お節介ヲバタが使わせて頂きたいと思います。
何の専門的な学も、経験もありませんが、「臨床経営」もしくは「臨床的経営」とは何かを研究するための「臨床経営研究所」なるものも名乗ってみたいと思います。
最近大切になってきた「健康経営」や、尾木ママの「研究所」のパクりですが、あまりなさそうなので。。。。
それと、ヒットした「臨床経営学」というのも、「我が意を得たり」なのか「独自性が更に鮮明になるのか」早速本を取り寄せて読ませて頂きたいと思います。
ということで、2019年3月26日からお節介ヲバタは「臨床経営」なる言葉を用いることを宣言しておきます。(特に商標を取ろうとかなんて考え皆無です・笑)
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自分研究
http://wobatake.exblog.jp/27430925/
2019-02-06T10:27:00+09:00
2019-02-06T11:24:18+09:00
2019-02-06T10:27:28+09:00
wobatake
対話について
「外的会話」で「答えが一つ」的な「問い」が投げかけられました。
自分の心の状態を観察すると「ざわ付いている」のが感じられました。
そこで、内的対話(自分との会話)へ目を向けると、
●「間違えたら恥ずかしいな」
●「言い当てて褒めて貰いたい」等、
【答える方向】へ思考が動いて心が苦しくなっています。
社会では唯一の正解など無いと思っているのに、正解を強要されると心が平穏でなくなります。今この瞬間「幸せでない!」と内側では感じているんですね。
私の応答は「わからない」「教えてください」でした。
河合隼雄さんの本や、河合先生の事を書いた本に「分かりませんなあ」「むずかしいですなあ」とよく言われると書いてあるのを読んだことがあります。
【答えを考えない・出さない】というのは、自分の心をざわつかせない事にも繋がるのかなあと感じました。答えを出そうと心を使うより、相手の心を感じることの方が大切ですから、答えようとして、心をざわつかせ、平穏でなくしている自分はまだまだだなあという研究でした。
後、自分も答えを強要してきたなあと猛省しました。
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メガネ新調!体調不良は目の老いだった(^.^)
http://wobatake.exblog.jp/27081280/
2018-08-30T18:32:00+09:00
2018-08-30T18:40:21+09:00
2018-08-30T18:32:25+09:00
wobatake
未分類
眼鏡新調
このところ、ずっと体調がよくなかった。
編集作業ができないほどになった。
今までより眼精疲労がきつくなった。
かかりつけの眼科で診てもらうと視力が落ちているのと、
使っていた中近の老眼鏡が合わなくなっているとのこと。
いつもお願いしていた眼鏡店はすでに廃業。
そこで、宇治市市役所でデジカメセミナーをさせて頂いた折に
メガネ屋さんがおられたのを思い出し頼ることにした。
京都宇治市御蔵山の「メガネのオノ」さん
実はお店がある御蔵山は、家内の実家近くで小さい時の記憶にあった。
知り合いがfacebookで眼鏡を作っているのを見た。
私の母の旧姓は「小野」だった。
撮影の仕事時に眼鏡は雑に使うので、太いフレームを選択。
そして色々とヒアリングや、目の状態をみて頂いて小野さんの見立ては、仕事用の中近と別に、常用の遠近を新調されたらどうかとういうことでした。
どうやら、老眼鏡が合わなかったことと、裸眼の遠くも目を凝らして見ていたよう。それが、強度の眼精疲労を慢性化させたのではないかという感じ。
そこで、 使っていなかったフレームのレンズを中近の仕事用に換装。新しいフレームを遠近の常用として新調。
ジャ〜ン!出来上がり( ^ω^ )
今は「境目のないレンズ」が主流で、私が使っている昔の「二重焦点レンズ」は、殆どのお店では取り扱いがありませんが、
要望をかなえてもらいました。流石老舗ですね。
線が入っているので、たまに「レンズ割れているんですか?」って聞かれます。
小野さんの眼鏡作りには哲学を感じました。眼鏡店選びで困っておられる方は一度訪ねて見られるといいですよ。
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病院にもマインドフルネスを!
http://wobatake.exblog.jp/27048085/
2018-08-11T15:38:00+09:00
2018-08-11T16:04:00+09:00
2018-08-11T15:38:14+09:00
wobatake
未分類
病院にもマインドフルネスを!
一寸全身的に血が細菌に負けているみたいなので、人生初!本格的な入院をしています。
小さい時から家族が入れ替わり立ち替わり入院していたので、病床のある大きめの病院は懐かしの小学校の校舎のようでもあります。親族の看取りもしてきました。色々思い出されます。
さて、日頃私たちは自分の体だと思っていますが、病気になってみるとそうでもない事が分かります。
本当に自分の体であれば、病気なんてどないでもできるはずで、お医者さんに世話にならなくてもいいはず。
自分のモノのようで、自分のモノではない身体と生命。
また、何故死ぬのが恐いのか、「死ぬときには死ぬに任せて死ねばいい」とは世話になった禅の老師の言葉ですが、生死不二法門。生きているから死ぬのであって、生きてなければ死ぬことも無い。
日々生きながら死んでいる?
その老師の元、禅堂へ伺って参禅することもありましたが、最近は「坐禅会」をしてくれる有難い方がいて下さるので、また坐ることになったこともあり、早速病院でも「坐」することに。
使われていない、食堂・談話室を発見。聞けば「だれも使ってないので、どうぞ」という事なので「坐」しております。
何故病院で坐るのか。
恐らくですが、今私の体は悲鳴を上げています。自分で治ろうとしているはずです。それを邪魔するのは、未来を恐れたり、過去を持ちだして心配する「心」。
こいつをなんとかして、生きている「今」だけ実感すれば、体は自由になるはず。
私自身が私の体の邪魔をしているかもしれません。
お陰様で坐して、熱は下がり、血圧も下がり、近かった小便も収まり、排便もあり。それは医師や看護師さん、またその元で働く皆さんのお陰ではあります。
有難い事に症状は早晩回復傾向にあります。
病院で働く皆さんを見ていて、ほんの10分でいいので、二班に分かれるなどして毎日一回ほど真剣に「坐」をされたらいかがかな?とも思っています。
入院してみて病院で働く方々の、体と精神が崩れそうで心配しています。
病院にもマインドフルネスを!
補足:
勿論「坐」が目的であって、病気が治るとかはあくまでも副産物。
病気を治すための坐禅はありません。「坐禅をしてもなんにもならん!」のが坐禅とのことですし。あしからず。
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オープンダイアローグな生き方を
http://wobatake.exblog.jp/26646312/
2018-04-09T09:17:00+09:00
2018-04-09T09:21:29+09:00
2018-04-09T09:17:26+09:00
wobatake
理念系
でも周りには、今鬱になっている、過去に鬱になっていた方々が結構いらっしゃいました。なんか心強かった。
今でも躁鬱の繰り返し。頭の中は運動会。でも、だからこそ、だからこそ、見えたモノがありました。
私も含めて「オープンダイアローグな生き方を」目指すことが使命だと。
脚下照顧。私にしか出来ないやり方で出来ることに気がつきました。
啐啄同時。これは全ての方のお陰様です。
今までやってきたことが全て「対話」に結実したのです。
ということで、定年後世代の受け皿がない日本を迎えるにあたって、自分も新たなる社会人としてやるべき事が明晰になったことに喜びを感じている次第です。
幼くして学べば壮にて成し
壮にて学べば老いて衰えず
老いて学べば死して朽ちず
いつでも間に合います。さあ、本当の対話を始めましょう。
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知っていることの危うさ
http://wobatake.exblog.jp/26003552/
2017-10-27T15:07:00+09:00
2017-10-27T16:27:03+09:00
2017-10-27T15:07:56+09:00
wobatake
理念系
先日母校の前を通ったときにこんな会話が聞こえてきました。
先生?「ご苦労様でした!!!」
保護者「私誰か知ってはりますか?(知らんと声かけてるやろう...みたいな)」
先生?「ええ○○さんのお母さんですよね。引き継ぎで伺っております。」
保護者「知っててくれてはったらええんやけど....」
何があったのかは分かりませんが、この先生はこのお母さんの「何を知っている?」そしてこのお母さんはこの先生に「何を知られている?」のだろうかと思いました。
知っている < 知らない
知ってる振り < 知らない振り
例えばこの先生が「実はお名前だけは伺っておりますが、詳しくは存じ上げていません...」と話し始めて、直接本人と向き合えば「他人の情報とは」別に自分で何かを感じる事が出来るはずです。
あまりよく知らないのだけれども、良く存じてますと知っている振りをしてその場を繕う事やりがちです(>_<)
昔、ホテルでブライダルの仕事をさせて頂いていたときに、トラブルの多いお客様の情報だけ先に聞こえてきて「ややこしいいお客様なので気をつけてください」なんて言われスタッフが打ち合わせに伺ったら、そうでもないお客様で意気投合、仲良くなって注文も沢山頂いてなんてこと何回もありました。
知っているって「何を知っている」のでしょうか、「分かってる」って「何を分かっている」のでしょうか。
【Don't think ! Feel.】
母校を通り過ぎた際に、そんなことを思いました(^_^)v
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写真屋のおっちゃんが怒らはるで...
http://wobatake.exblog.jp/25412253/
2017-08-23T11:04:00+09:00
2017-08-23T11:09:03+09:00
2017-08-23T11:04:48+09:00
wobatake
理念系
「ちゃんとせんと、おもちゃ買わへんで」とか「はよせんと、ご飯食べにいくんやろ」とか。
「写真屋のおっちゃん怒らはるで...」とかも・笑。
障害児をお持ちのご家庭の撮影をさせて頂いた事があります。
そのときにお子さんから気付き学びを得ました。
「指示してもダメ」
その代わりにお子さんとお話をしました。
「おばあちゃん好き?」(おばあちゃんに聞こえるように)
「うん」
「おばあちゃん探してみようか」
「・・・」
(キョロキョロする)
→(おばあちゃん見つける・おばあちゃんも見つける)
→(啐啄同時・シャッターを押す)
この方法で、しばらく障害児さんの撮影が続きました。(口コミですね)
これって障害の有無には全く関係ないと思います。
指示したら→思考停止。
それだけ。
写真屋のおっちゃんの問題ではありませんよ。お母さん。
上司・リーダー
経営者もおんなじ(*^_^*)
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経営者である貴方の言葉30年後も輝いていますか。
http://wobatake.exblog.jp/23957848/
2017-03-12T15:13:00+09:00
2017-03-12T20:18:43+09:00
2017-03-12T15:13:03+09:00
wobatake
理念系
ここに私が産まれる前年の1959年に創業された会社のカセットテープがあります。録音されたのは創業27年目。今から約30年前。
私の志事は人を映すこと。見えにくいモノやコトを写真や映像で見えるようにすること。そして残すこと。
更には、このカセットテープのように、過去に撮られた映像や音声を今の時代に活用できるようにすること。
経営者である貴方の言葉が30年後もこのように輝いていて欲しいのです。
黎明期の京セラの幹部でその後子会社の社長さん経て、京セラを勤め上げられた方に昔こんな話を聞きました。
「徹夜で資料を作成して、早朝からフラフラで会議に出ていたら当然社長(現・稲盛名誉会長)に怒鳴られる。だから ”こいつが聞いています” といってカセットレコーダーを差し出すんだ・笑。」
また、古い写真をスキャンしデジタルデータとして活用できるようにと預かる写真の中に、若き京セラの創業者=社長が作業着姿で工場の土間で座り込んで話をしている。周りの従業員さん達は一言も聞き漏らすまいと身を乗り出して話を聞いている写真が沢山有る。
社長である貴方の話を、身を乗り出すように聴き、部下にもその話し思いを伝えようとテープに残す。また疲れ果てた自分の代わりに、怒られてようが社長の話をテープに録って後から聞き込む。
そんなテープが貴方の会社にも残る事を願います。
そして、30年を過ぎた時。私のような外部の人間が、後生にも伝わるように、社内外で活用できるようにして更に受け継がれていく。
創造してみて下さい。そういう経営者としての貴方の姿とそこで語られている言霊を。
今を生きる経営者のそんな姿、思い、言霊を見える化するのが私の使命=ワクワクなんだと思います。
経営者である貴方の言葉を30年後も輝かせましょう。
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人生はご縁だ!
http://wobatake.exblog.jp/23812958/
2017-01-31T16:13:00+09:00
2017-01-31T16:13:47+09:00
2017-01-31T16:13:21+09:00
wobatake
理念系
ステップアップ!! by 恩師 宮本輝紀
http://wobatake.exblog.jp/23706956/
2016-12-13T12:36:00+09:00
2016-12-13T15:10:50+09:00
2016-12-13T12:36:18+09:00
wobatake
理念系
洛南高校で吹奏楽部に所属していた時に今は亡き恩師・宮本輝紀顧問が話しかけてくれた。
「今見えている世界。それは自分目線の世界。一段上がってみ。全く違う世界がみえてくる。あれも見える、これも見えるゴキゲンやね!ただその一段は自分でしか上がれない。そういうことやね。(少年のような眼差しにキャッチライトが)キラリ☆!」というと肩をポンと叩かれた。
歳・性別・過去とは関係なく、
今この瞬間に一段上がれば佳し。
人生楽しんだものが勝ち。自分を大切に。
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「変態レベル」という「言霊」
http://wobatake.exblog.jp/23692788/
2016-12-06T11:45:00+09:00
2016-12-07T13:25:35+09:00
2016-12-06T11:44:56+09:00
wobatake
理念系
人はなんも知らなくても、耳にした言葉で「勝手に連想」してまいます。
「そんなつもりで言ったのちゃうのに.....」
よくある話し。
お買い物は、お店で買うことが常識だった時代に「無店舗」というネガティブな言葉を乗り越えて、時代を切り拓いた先人がいる。フェリシモ矢崎勝彦名誉会長。
「無店舗」という言葉から勝手に連想されるコトを逆手にとった。
希有なご縁で、有難い事に怒られながら直接薫陶を受けた。
そして「変態レベル」という言霊。
この言霊は私の同級生の兄貴でもあり、中学の大先輩でもあり、
ネット界のレジェンド株式会社イージー「岸本英司」師 に感化されて最近よく使う言葉。
「変態レベル」
=「人がやらないレベル」
=「現状から飛躍した革新的なイノベーション」
なので、私も「変態レベル」で写真・映像を
「お客様の思いを実現するため」に活用しようと試行錯誤の毎日。
既にある「モノ」「コト」では誰も驚かないので、
常に「変態レベル」で思考する。
沢山の先人とのご縁で、未だ世間に需要のない世界へ突き進んでおります。
有難い事この上なし。
「なんでも解りやすく!」ではなく、
少々ややこしくて解りにくいのがいいかもよ(^_^)v
多少の苦労や痛みは伴いますが茨の道もまた楽し(^_^)v
人生楽しんだ者勝ち(^_^)v
変態レベル目指して頑張ります。
超 映 像 で 倖 い に 。
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集客・売上・リピート・リクルート
http://wobatake.exblog.jp/23688428/
2016-12-04T09:57:00+09:00
2016-12-04T12:51:12+09:00
2016-12-04T09:57:39+09:00
wobatake
理念系
「あそこで見合い写真撮ったら縁談まとまるで。」
なんて、言われていた時代もありました。
今では写真や映像で、お世話させて頂く会社様の、
◎集客
◎売上
◎リピート
◎リクルート
に繋げるにはどうしたらいいか。を常に考え続けています。
そして実際に
「良い人財が得られた」とか、
「お陰様で商品が完売した」とか、
「売り上がった」とかお知らせ頂いています。
撮らせて頂いた写真や映像が直接の原因では無い事は分析できています。
更には私の写真・映像が「他の誰よりも素晴らしく美しい」訳でもない。
にも関わらず。そういうことが有難い事にかなり確実に起こっています。
それは、私自身が
「どうやったら売れるのか」
「どうやったら伝わるのか」で常に、
「考えあぐねている」からに他ならない。
だからこそ、ついつい、お客様の「売り」とか「誰に何を伝えるべきか」等を「変態レベル」で見に行く。追求する。要らぬお節介や世話焼きを炸裂させてしまいます。
外見上の写真・映像を超えた「私の暗黙知」が倖いしているんだと思います。だからこそ、いくらノウハウをペラペラ喋っていても誰にも伝わっていないという。
敵が現れないというか、一人勝ちというか、有難い事になっています。
倖い、こういう活動を知る人が居ないので、マーケットは無限大☆
後は「どうやって売っていこうか。。。」
医者の不養生?
灯台もと暗し?
頑張ります。。。。。
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「居場所」と「いじめ」
http://wobatake.exblog.jp/23567612/
2016-10-22T09:18:00+09:00
2016-10-22T10:02:15+09:00
2016-10-22T09:18:53+09:00
wobatake
理念系
ターゲットの「居場所」を具体的にも精神的にも奪うゲームのよう。
でも比較的に気軽に近くにあるかもしれません。
呑み会やパーティー、懇親会に久しぶりに参加。もしくは初めて参加。居場所がないとなるとなんとも心地悪いものです。
家でも、会社でも、社会でも「自分の居場所」を見失ったら毎日苦痛になるかもしれません。
反対を考えてみよう。
「居場所を作って差し上げる」
あるサイトを見て「ここに自分の居場所があるかもしれない」と門をくぐり、お互いにベストマッチング。なんてお話が現実にあります。条件面(給与や休暇)でのマッチングを超えていけるかもしれません。
「目から鱗のデジカメセミナー」では、受講される方は「来るもの拒まず」でお受けさせて頂いております。
気をつけているのは、
例えば、古い一眼レフやコンパクトデジカメ。またはスマホで参加される方と、最新の一眼レフを持ってこられた方が居られる場合。
もし、私が高い一眼レフをお持ちの方と「機材談義」を始めてしまったら、古いコンパクトデジカメやスマホで参加された方は「どうやら私は場違いなところへ来たみたいだ」と「居場所」が崩れていくかもしれません。
なので必ず、「コンデジでもスマホでも全く大丈夫ですよ!」を声をかけるようにしています。でないと「帰ってしまわれる(具体的に帰られなくても精神はどこかへ〜サヨナラ)」からです。
本当に大切な事は「何で写すか」よりも「人に何かを伝えたい」を成立させるために「何を写すか」なので、別に古いコンパクトデジカメでも写し取る事は出来ます。
「みんなちがって、みんないい」金子みすゞ
「人の居場所を作って差し上げる」
自分の居場所は常に自分で存在を確認できますから、それよりも「自分の心の中に相手の居場所を作って差し上げる」ことができればいいですね。相手の「居場所」を奪って存在しないかのように振る舞うのではなく、その逆をいけばいい。
本当の「心の居場所」ありますか。
私はまだまだ人の居場所を作って差し上げられていませんが、このところ編集内容や仕事の事、将来のことなど色んな事を考えあぐねている中で、ふとそう思いました。「居場所を作って差し上げればいいんだ」って。
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